参加者の出足はよかった。 開会の13:00までに、ほぼ満席である。二,三の遅刻者を待って13:05に司会の吉田義夫(D)が開会を宣言。 滑舌がよく口調が若々しい。 前回の喜寿記念から三年、その間の逝去者が20名に上った。 吉田の発声で出席者一同黙祷。 |
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続いて世話人を代表して寺門 克(G)が挨拶した。 傘寿を迎えることができたお互いの幸運を祝し、80歳まで生きた男性の平均余命は 8.57年、女性は 11.59年と、まだ先があるといいながら、いつまでもあると思うな、時と金。 死を自覚してこそ、余命が活きるなどと、言わずもがなの口舌。 |
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お招きしたが所用のためご出席戴けなかった、小石川中等教育学校の奈良本俊夫校長から寄せられたメッセージと、生徒の活動状況を伝える資料が披露〈配布〉されたのち、名物化した感のある山崎昴一先生の講演(?)に移る。 期待にそぐわぬ長いお話で、途中で小野章一(H)が先生にストップをかけて、大受け。 |
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肝心のお話は88歳になられた先生から、80の坂を越えたといってもまだ道はでこぼこ、油断するなというお諭に加えて、墓碑銘に及んだ。 自分のエピタフを自分で書いた詩人の話や、『宝島』で知られるスティーブンソンの二節あるエピタフを英語で示し、和訳してくださるなど、留まるところは知れなかった。 |
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乾杯は横堀冨佐子(H)の音頭。 「流石女優!」の声が掛る堂々の台詞回しで、懇談に入る。 クラス別の八つの丸テーブルに椅子を設けたが、出席者の少ないクラスもあって、席の指定はしなかったのは正解。 期せずしてスクランブル交流が始まった。 |
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やがて帯津良一(H)から 学校創立100周年記念事業について、発起人代表の一人としての説明があり、同期の仲間へ協力が求められた。 本会としては会費の剰余金を寄付したい、という閉会の辞を述べた増井良司(F)の提案があり、これが拍手で決まった。 |
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次回は三年後、これも決まった。 写真担当:羽島賢一(G)横森繁雄(E) |
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以 上 ( 報告 : 寺門 克 ) |